シャンソンは溜息


銀座でシャンソンを聞く。


シャンソンは、溜息である。

嗚呼と吐く息に万感の思いを込めて。

歌の向こうに男がいる。
性もない男がいる。
自由で、平等で友愛なんて…。
どうしようもない男。
でも愛している。
そつない吐息がシャンソンになる。
でも、そういう男を愛したのだから・・・。

自由で平等で友愛なんて…。
そんなもの。




九十近い母が、声を張り上げ歌を歌う。
なぜ、歌うのか。
人に聞かせるためなのか。
日頃の憂さを忘れる為なのか。

確かに、歌は人に聞かせるものなのかもしれないが九十近くなった人の歌を聞く人はあまりいまい。
人を感動させるために歌っているとも思えない。
自分のために歌を歌うのだろう。
日頃の憂さをはらすためとは言っても何もそこまでして歌わなくてもと思う。

ではなぜ歌うのか。
生きている事を精一杯あらわすためか。
六十を過ぎてから歌を習う人がいるという。
それは、上手く歌いたいとか、人に聞かせたいというのでもあるまい。
歌いたいから歌うのだろう。
それが年老いたからというのかもしれない。
なぜ、歌うのか。
それ程にしてまで…。




                content         


ページの著作権は全て制作者の小谷野敬一郎に属しますので、 一切の無断転載を禁じます。
The Copyright of these webpages including all the tables, figures and pictures belongs the author, Keiichirou Koyano.Don't reproduce any copyright withiout permission of the author.Thanks.

Copyright(C) 2017.10.20.Keiichirou Koyano